七年前の冬、離婚届を出した週に、志保は親方の奥さんから十五万円を前借りした。
借用書はいらんよ、と奥さんは言った。志保は自分で紙を書き、給料日ごとに返す額を並べて判を押した。八回の給料日で、一度も遅れずに返し終えた。打ち場でも同じだった。誰より先に来て、休んだ者の席を埋め、新しく入った者にナイフの持ち方を教えた。息子の前で泣いたことはなかった。ナイフは人に触らせず、自分で研いだ。
◇
去年、海でカキが死んだ。打ち場の席は半分になり、志保は夜のスーパーで品出しを始めた。
介護施設から正社員の話が来たのは夏だった。資格の費用も出すという。返事はいつまでにと聞かれ、カキの出来を見てから、と答えた。水揚げはいつもなら秋の初めだ。それで間に合うはずだった。
ところが海はいつまでも冷えず、解禁は延びた。施設には二度頭を下げて、待ってもらった。打つカキもないのに、志保はナイフを三度研いだ。研ぐたびに刃は細くなった。冷蔵庫には、息子の模試の振込用紙が貼られたままだった。
三十日遅れの解禁の朝、奥さんから電話があった。「今年も頼むよ」。昼のテレビでは、西の沖の生産者が、今年は身がええと日焼けした顔で笑っていた。同じ県の、同じ日の海だった。
親方の船は昼過ぎに戻った。クレーンで上げたカゴを、親方は何も言わずに打ち場の床へ下ろした。
志保は席につき、殻にナイフを入れた。空だった。次も、その次も、黒い泥が少し出るだけだった。七つ目で刃に手応えがあり、身がするりと外れた。小ぶりだが白く締まっている。ざるに落ちる音を聞いて、自分が息を止めていたことに気づいた。十に一つ、と隣の席の年寄りが言った。
夕方までに、むき身はざる二つにしかならなかった。いつもなら朝のうちに打つ量だった。
片づけのあと、奥さんが帳場から呼んだ。石油ストーブの前に座らされた。
「ナイフ、出しんさい」
差し出すと、奥さんは親指の腹で刃を確かめた。
「よう研いどる」
そして手ぬぐいで巻き、金庫の上の茶筒に立てた。
「今年はこれだけじゃ。うちは年寄りで回す」
「朝、頼むよって」
「朝は、まだ船が出とらんかった」
「ざる二つでも、私、やれます」
「施設の返事、明日までじゃろ」
志保は黙った。誰にも言っていなかった。
「この町で知らんのは、カキくらいのもんよ」奥さんはストーブの火を少し絞った。「去年な、明日は仕事がない言うて電話したら、あんた、声がちいと軽うなった」
志保の膝の上で、右手が動かなくなった。
「二十年聞いとりゃ分かる。責めとりゃせん。わしにも、そういう朝はあったよ」
「奥さん」
「カキはうちが世話する。あんたが世話せにゃいけんのは、あっちじゃろ」
奥さんは顎で、息子の高校のある山のほうを指した。
「カキが戻ったら返す。戻らんかったら、わしの棺に入れてもらう」
それで話は終わりだった。前借りのときと違って、紙はなかった。奥さんは今日のむき身を一袋、志保の手に持たせた。袋の半分は、奥さんが自分で打ったものだった。
帰り道、バス停のベンチで、志保は施設の番号を画面に出した。明日かければいいのだと思い、消した。右手は握りの形のまま、袋の持ち手をうまくつかめなかった。
晩、鍋に入れたカキを、息子は三つ続けて食べた。
「うまいな。今日のじゃろ。母さんが打ったん」
箸の先の身は、どこも欠けていなかった。
「奥さんが打ったんよ」
志保はそう言って、左手で汁をよそった。