二十代の佐和子は、印刷会社の奥の机で、他人の名前ばかり書いていた。
賞状の氏名、表彰の日付、年賀状の宛名。一枚書いて、見本と重ね、ずれがあれば書き直す。自分の名前を書く欄はどこにもなかった。上司は「浅見さんの字は癖がないから、どこに出しても困らない」と褒めた。それが褒め言葉なのかどうか、佐和子は考えないことにした。
教室を開いてからも、同じことを続けた。生徒の半紙に朱墨で丸をつけ、はみ出した払いを細い線で正す。お手本どおりに書けた子から、市の書き初め展で賞を取った。賞状が増えるたびに、佐和子は家賃の振込を自分の貯金から足した。生徒が四十人から十四人に減っても、やり方は変えなかった。変えれば、それまでの二十年が無駄になる気がした。
◇
筆文字のデータを作る会社の封筒は、三週間、文鎮の下にあった。
常用漢字と仮名、およそ三千字。楷書と行書で一揃い。権利はすべて会社に移る。報酬は教室の家賃の二年分ほどだった。担当の若い男は電話で、悪気のない声で言った。
「先生の字は癖がないので、学習にちょうどいいんです」
返事の期限は今週の金曜だった。佐和子は封筒を出しては戻した。引き受ければ、自分の字は誰の字でもないものとして、どこかで無数に使われる。断れば、この二階は春までもたない。どちらに決めても何かが終わる。終わらせないために、封筒は文鎮の下に戻った。
木曜の稽古のあと、四年生の美緒の母親が残った。スマートフォンを差し出す。福島の市が小学生から募ったしょうゆのポスターで、入賞作に「AIくさい」「字が全部似通っている」と書き込みが続き、子どもの名前まで広まって、市が公開をやめたという記事だった。
「美緒、冬の書き初め展に出すでしょう。だから先生、お願いがあって」母親は言いにくそうに笑った。「今年は、あんまり直さないでもらえますか。きれいすぎると、今はああ言われるみたいで」
佐和子は、壁に貼った美緒の去年の作品を見た。朱の跡が一つも残らないほど、整っていた。自分が整えた字だった。
母子を見送ってから、佐和子は一人で墨を磨った。半紙を一枚取り、お手本どおりに「山」と書いた。癖のない、どこに出しても困らない字だった。隣に、二年生の陽斗が今日書いた半紙を並べた。縦の画が紙の下まで突き抜け、右の肩がつんのめっている。佐和子は今日も、そこに朱を入れかけて、筆を止めたのだった。
二枚は、別々の方へ引っぱり合っていた。どちらかを捨てる話ではない、と佐和子は思った。手綱を持つのは自分だった。
◇
金曜の朝、佐和子は文鎮の下から封筒を出し、契約書の署名欄にボールペンで名前を書いた。急いだせいで「和」の口が潰れ、「子」の払いが欄からはみ出した。印刷会社の頃なら書き直した字だった。佐和子はそのまま封をして、商店街のポストに入れた。
三千字は、その日のうちに書き始めた。四週間かけて、癖のない字を、一字残らずお手本どおりに書く。それは向こうに渡す字だと決めた。
夕方の稽古で、佐和子は生徒たちに、お手本を配らなかった。
「今日は、自分の山を書いて」
陽斗が顔を上げた。「はみ出してもいいの」
「いい。先生は、赤を入れない」
朱墨の硯に、佐和子は蓋をした。陽斗の山は、また紙の下まで突き抜けた。美緒は長いこと筆を構えたまま動かず、それから、少しだけ傾いた山を書いた。
佐和子は二枚を受け取り、何も直さずに壁へ貼った。次の家賃は、ポストに入れた封筒が払ってくれる。その隣に貼る自分の一枚を、佐和子はまだ書いていなかった。けれど、どちらの字をどこへ渡すかは、もう決めてあった。