二十三の春、賢司は駅裏のトラットリアで、初めて麺を打たせてもらった。
シェフは粉の山に卵を落とし、指で井戸の縁を崩してみせると、あとは何も言わずに厨房を出ていった。分量も厚みも、誰も決めてくれなかった。賢司は打ちたいように打ち、切りたい幅で切った。不揃いな麺は鍋の中で妙に跳ね、皿の上でうねった。戻ってきたシェフは一本つまんで噛み、「好きにやったな」とだけ言った。
三年目の冬に店が閉まったときも、賢司は迷わなかった。腰に湿布を貼ったまま、栄養士の学校の願書を書いた。崖の縁を歩いている自覚は、あの頃の自分にはなかった。
◇
給食センターの事務室の壁には、四千食分の献立表が貼ってある。賢司がここで十二年かけて覚えたのは、料理ではなく引き算だった。牛を豚に、豚を鶏に。果物は二回に一回。前の献立表から冷凍みかんを外したとき、帳尻がぴたりと合って、賢司は少しほっとした。そのほっとした感じが、自分でも嫌だった。
三日後、小学三年生から手紙が届いた。〈なんでみかんなくなったの。わたしはあれがいちばんすきでした〉。鉛筆の字は、途中から大きくなっていた。賢司はそれを机の引き出しにしまった。
病院食の会社からの誘いには、週明けの朝までに答えることになっていた。給料は上がる。献立の裁量もある。妻の由紀は「好きにしたら」と言った。好きに、という言葉が、賢司にはいちばん難しかった。
ここを出るのは、子どもたちから逃げることだ。そう考えると、残る理由は立派に聞こえた。けれど本当は、残れば引き算を続ける言い訳が立ち、出れば昔の夢に戻る言い訳が立つ。どちらに傾けても、自分に都合のいい秤だった。
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週明けの朝、賢司は会社に断りの電話を入れた。それから、半年かけてまとめた表を抱えて市役所の会議室に向かった。来年度の給食費の単価を決める打ち合わせだった。食材ごとの値上がり率と、それを吸収するために削ったものの一覧。最後の列には、外した品目を並べた。冷凍みかんは一番下にあった。物価に追いつく改定を、数字で押し切るつもりだった。
財政課の若い係長は、表を最後までめくってから顔を上げた。
「よくできてますね。先週の金曜、日銀が、物価は二パーセントの目標にほぼ届いたと発表しました。改定率は、その二パーセントで行きます」
「果物は一割以上、上がってます」
「ええ。でも、この表のとおり工夫すれば収まるんですよね」係長は最後の列を指でなぞった。「この削り方、来年度から市の標準献立の考え方にさせてください。ほかの調理場にも配りたいんです」
会議室の時計の秒針が、やけに大きく聞こえた。子どもたちのために積み上げた数字は、子どもたちにはこれ以上何もいらないことの証明として、きれいに受け取られていた。
帰りの車の中で、賢司は断ったばかりの会社の番号を履歴に探した。指は止まったままだった。今かけ直せば、出ていく理由は、また立派に聞こえるだろう。それがわかっていて、エンジンをかけずに座っていた。
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翌週、市の標準献立が各校に配られた。表紙の作成者の欄には、賢司の名前が印字されていた。
その夜、賢司は台所に粉の山を作り、卵を落とした。指で井戸の縁を崩し、打ちたいように打った。茹で上がった麺は、昔と同じように鍋の中で跳ねた。由紀が一本つまんで「おいしい」と言った。賢司は頷き、残りを黙って食べた。
来年の冬、冷凍みかんは、この市のどの給食にも出ない。