福岡の店を辞めて戻った春、隆之は鞄いっぱいに道具を詰めてきた。刃の薄い輸入物の鋏に、すきバサミが三種類、分厚いヘアカタログ。待合のベンチの上の壁に、若い客向けの写真を並べて貼った。
「町の客には要らんけん」
父は一度だけそう言い、写真には触れなかった。写真の前で足を止める客はいなかった。隆之は鋏を研ぎ、研いでは仕舞い、仕舞った鋏の数をときどき数えた。都会で覚えた刈り方を一度も通しで使わないまま、父と同じ角刈りを十年刈った。腕はあると思っていた。使い道を探さなかっただけだと、今は思う。
◇
夏の地震のあと、店は北へ少し傾いた。三台並んだ椅子のうち、まっすぐ座れるのは窓際の一台だけになった。妻と娘は県外の妻の実家へ行き、隆之は店の奥の六畳で父と寝起きしている。
朝、隆之は鏡を拭く。傾いた壁に掛かった鏡は、拭いても拭いても、ほんの少し斜めに町を映した。
十時を過ぎると、向かいの坂口さんが杖をついてやって来る。
「ここで刈らんと、落ち着かん」
隆之は窓際の椅子を倒し、湯で温めたタオルを顔に当てる。坂口さんの家は公費で壊してもらうことに決まったという。仮設の抽選はまだ当たらない。隆之は相槌だけを打ち、剃刀を寝かせて、うなじの産毛をゆっくりあたった。急がなければ、手は震えない。
鞄の中には、解体の申込書が二週間入ったままだった。役場の窓口でもらってきた晩、父は茶の間でテレビを見ていて、振り向きもしなかった。
「この家で死ぬ」
話はそこから先へ進まない。進まないのが父のせいなのか、自分のせいなのか、隆之は考えないようにしていた。夜になると父は懐中電灯を持って、ひとりで店の中を歩く。傾いた床を一枚ずつ確かめるように、ゆっくりと。
◇
木曜の午後、町の支援員が来た。壊れた家に残って暮らす人たちを、地震からひと季節たった今も一軒ずつ回っている若い女性だった。血圧計と、冬用の毛布の申込票を抱えていた。
「お父さん、お変わりないですか。それと、解体のほう、日程が出ましたのでお知らせに」
隆之は聞き返した。
「先々週、ご本人が窓口に来られましたよ。名義がお父さんなので、申請はご本人でないと受け付けられなくて。……ご存じなかったですか」
支援員が帰ったあと、隆之は茶の間の箪笥を開けた。一番上の引き出しに、受付印の押された控えがあった。日付は、隆之が申込書をもらってきた日の、翌朝だった。
「言うたら、お前が止めるけん」
父はテレビを消さずに言った。
「止めんよ」
「止める。お前は昔から、決めんで研ぐばっかりたい」
隆之は言い返せなかった。鞄の中の紙は、最初から自分の名前では出せない紙だったのだ。二週間、迷っていたつもりのことは、迷う前に済んでいた。
「この家で死ぬ、とは言うた」父は画面を見たまま続けた。「ばってん、家のほうが先に死ぬなら、見送ってやらんといかん。壊す前の晩まで、ここにおる。それで終いたい」
その夜、父は懐中電灯を持たずに店へ出て、窓際の椅子に腰を下ろした。
「刈ってくれ。お前のやり方で」
隆之は、十年仕舞ってあった薄い鋏を箱から出した。街灯の明かりが斜めの鏡に入り、父の白い頭を、ほんの少しずれた位置に映していた。隆之は櫛を通し、最初のひと房を、ゆっくり切った。