十五年前の三月、修一は町の集会所で、誰より先に立ち上がった。
「うちは出ます」
石油ストーブの匂いのする部屋で、区長も、隣の家の夫婦も、黙って彼を見た。帰りの車の中で父は一度だけ言った。
「おめは、昔から大げさだ」
その言葉に背中を押されたのだと、修一は長いあいだ思ってきた。五歳の息子を毛布でくるみ、妻を助手席に乗せて、まだ暗い国道を南へ走った。父は見送りに出てこなかった。出てこなかったことを、修一は正しさの証のように胸にしまった。
妻が子どもを連れて戻ると言い出したのは三年後だ。もう大丈夫だって、みんな言ってる。みんな、と修一は繰り返した。みんなが何を言っても、俺は残る。言いながら、自分が何に向かって意地を張っているのか、もうわからなくなっていた。
◇
始発の営業所は、蛍光灯がひとつ切れかけていた。
休憩室のテレビが、避難した人たちの訴えが退けられたと告げた。公務員住宅、未払いの家賃、退去。アナウンサーの声は平らだった。修一は紙コップのコーヒーを持ったまま、画面の端に映る団地の窓を数えた。
その日、彼は三つ目の停留所を通り過ぎた。
降車ボタンは鳴っていた。後ろから「あの」と細い声がして、ブレーキを踏んだときには、いつもの紺色のコートの女性がもう立ち上がっていた。毎朝、病院前で降りる人だ。
「すみません、次で」
「いいのよ。たまには歩くわ」
女性は笑って、ひとつ先で降りた。ミラーの中で、彼女はゆっくりと来た道を戻っていった。修一はその背中から目を離せず、後ろのタクシーに短く鳴らされた。
昼は食べなかった。代わりに、頼まれてもいない夕方の便を引き受けた。体を動かしていれば、テレビの声が遠のく気がした。
ポケットの中で電話が二度震えた。父だった。三度目は、息子からのメッセージだった。会社の慰安旅行で撮ったらしい写真に、知らない若者たちと並んで、日焼けした息子が笑っていた。修一はそこに返す言葉を探し、見つけられずに画面を伏せた。
夜、アパートに帰ると、ベランダのミニトマトが割れていた。何日も水をやり忘れて、昨夜あわててたっぷり注いだせいだ。赤い実の皮が、どれも同じ方向に裂けていた。
修一は流しの前に立ったまま、割れた実をひとつ口に入れた。甘さと酸っぱさが、順番を間違えたように舌に来た。
◇
日曜の夜、彼は自転車を出した。
毎日バスで走る路線を、終点まで漕いでいく。休日によくやる遊びだったが、この夜は誰の顔も思い浮かべないように走った。父の声も、息子の写真も、集会所で立ち上がった自分も、いったん後ろの荷台に縛りつけて。
終点の折り返し場は、街灯がひとつきりだった。ベンチに腰を下ろすと、前輪のライトだけが、足もとの二、三メートルを白く照らした。その先は見えない。見えないことが、今夜はなぜか怖くなかった。
逃げたのか。残ったのか。どちらでもいい問いのような気がしてきた。それより知りたいのは、自分が今、どこにいるとき息がしやすいのかということだった。父のためでも、息子のためでも、十五年前の自分の面目のためでもなく。
それは、ここに座っていても、わからない。ここにしかいないのでは、わからない。
修一は電話を出し、息子とのやりとりを開いた。
〈写真、いい顔してたな〉
少し考えて、続けた。
〈来月、休みを取ってひとりでそっちへ行く。じいちゃんにはまだ言うな。帰るかどうかは、決めてない〉
送信してから、ライトの輪の中に落ちている枯れ葉を眺めた。風が一枚を運び、輪の外へ出した。
返事は、まだ来なかった。修一はペダルに足をかけ、照らされたぶんだけ、来た道を戻りはじめた。